※本稿は、アトラエと東洋経済ブランドスタジオによる寄稿を一部編集・抜粋しています。
日本は2007年に世界に先駆けて超高齢社会に突入した。
人口減少に転じた今後も高齢化はさらに進んでいく。
一方で、少子化による労働力不足も進む。
中小企業では採用難が経営に影響を与えるようになり、その対策としてベテラン人材の活用も注目されている。
そこで、課題となっているのが働きたい人と雇用する側のマッチングだ。
最近になってICTを活用し、人材のニーズやスキル・経験などを可視化し、AI(人工知能)なども活用したマッチングを行うことで、両者をつなぐことが可能になる仕組みも登場している。
普及すれば、日本が直面する課題の解決にもつながるだろう。
そのポイントはどのような点なのか。
『超高齢社会2.0』などの著書もある、東京大学特任准教授の檜山敦氏と、HR Tech(Human Resources × Technology)市場で長年経営に携わってきたアトラエCEOの新居佳英氏が話し合った。
「人生100年時代」と呼ばれるように、健康寿命が年々延びている。
高齢者の社会参加と就労を活性化するICT(情報通信技術)プラットフォームを研究開発する東京大学特任准教授の檜山敦氏は次のように指摘する。
「ひと世代のうちに平均寿命が倍の長さになったことは、人類史の観点から考えても劇的な変化です。さらに、働くという概念は近代のシステムの中で生まれてきたものですが、身体の若返りを踏まえると、働くことができる期間も2倍になります。しかし現状はまだ、この大きな変化に対して社会のシステムが対応しきれていません」
社会における高齢者の割合が増加する一方で、少子化により若年層の人口減少が進んでいる。労働力不足が深刻な状況だ。
とくに、ホワイトカラーの採用難はより顕著であり、今後ますます厳しくなっていくことが予想される。
中小企業では採用難により事業の継続にも影響が出ている。
それに対して、HRTech市場で長年経営に携わってきたアトラエ 代表取締役 CEOの新居佳英氏は、企業経営者の視点から次のように話す。
「労働力不足の問題を解決しなければ、日本企業の未来はないでしょう。労働人口が不足する中では、これまでと違う働き手を活用していかなければなりません。女性や高齢者、外国人など、多様な人材の採用に関心を持つ企業も増えています。ただ、その中でもいまだ実現しきれていないのがベテラン人材の活用です。日本では、50代、60代の人であっても、心身ともに健康で、働くことに対して意欲的な人は極めて多くいます。何よりも、社会人として25年以上にわたり培ってきた経験や専門性の高い知識、ノウハウ、人脈は活用の仕方次第では大きな価値を生み出します」
ベテラン人材の経験や専門性の高い知識、ノウハウ、人脈を活かすことができれば、日本の人材難の解消はもちろんのこと、企業の経営を飛躍的に成長させる可能性も秘めている。
例えば、大手企業で長年生産管理に携わっていたような人材を中小企業で迎えることができれば、数十年の経験を短期間で学ぶことができ、自社の品質管理レベルは大きく向上するはずである。
また、長年医療業界で営業職を務め、医療機関の事務方に人脈があるような人は、これから、医療機関を開拓したいと考えている医療ベンチャーにとって大きな武器となるだろう。
本来であれば、何年もかけて積み上げていく必要がある人脈を瞬時に手に入れることができ、事業の成功確度を大きく上げられる。
なぜ、これまで経験豊富なベテラン人材の専門性を活用することができなかったのか。
その理由を新居氏は次のように説明する。
「いくつか理由はありますが、1つは、テクノロジーの活用が十分ではなかったことが挙げられます。前述したようなマッチングを生み出すには、ベテラン人材の『ニーズ』と、その『経験』を必要としている企業や人の『ニーズ』をマッチングさせる必要があります。これは容易なことではありません。従来のアナログなマッチングでは、多くの企業が社外取締役や監査役、顧問などで求めるような、ごく一部のトップ人材をターゲットとするか、逆にキャリアや専門性に関係なく、多くの人が担えるような単純労働の求人ニーズをターゲットとするか、その両極端なマッチングしか実現することができずにいました」。
檜山氏はさらに、アナログの手法ならではの課題を語る。
「ベテラン層のスキルや経験、働き方の志向は多様性に富んでいます。一人ひとりについてそれを把握し、当てはまる企業を探そうとすると、双方に頻繁なヒアリングを行わなければならず、多大なコストがかかります。なので、ビジネスの観点からベテラン人材の就労を支援するサービスは限られた領域でしか実現していません。しかし、昨今のテクノロジーの進歩やインターネット環境が整うことで、それが可能になりつつあります」。
新居氏は、「今後、ベテラン人材の市場は、大手ECサイトのようなロングテール市場になると予測しています」と語る。
大手ECサイトでは売れ筋の商品だけでなく、1年間に1冊しか売れないような高度な専門書もストックしているといわれている。
店頭と違い、販売スペースが限られていないため、購買する人が1人でもいれば、ビジネスとして成り立つのであろう。
ベテラン人材の就労においても、同じことが起こると踏んでいる。
檜山氏は次のように解説する。
「従来の日本型企業の働き方のように、正社員として採用し、月曜日から金曜日まで出勤するといったスタイルではなかなかベテラン人材とマッチしないでしょう。1つの決まった場所で、フルタイムで働くというこれまでの当たり前を変え、プロジェクトに合わせて複数の人材をモザイクのピースのように柔軟に組み合わせる『モザイク型就労』の考え方が必要だと考えています」
新居氏はそれに賛同し、次のように話す。
「今後は、ベテラン人材がこれまで培ってきた経験や専門性の高い知識、ノウハウ、人脈を、必要とされている場所で、必要とされている時間働くという働き方が増えてくるでしょう。すでに一部の企業では、ベテラン人材の活用を進めており、そのメリットを享受しています。今後、とくに中小企業にとっては、経験豊富なベテラン人材をうまく活かすことができるかどうかが、生き残っていくための人材戦略の根幹と言っても過言ではないと思います」。
政府も経験豊富なベテラン人材の活躍の場を増やそうと取り組みを進めている。
2021年度から施行された改正高年齢者雇用安定法では、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務になった。
しかし檜山氏はこの政策だけでは不十分で人材の流動化が必要だと主張する。
「同じ会社で働く期間を単純に延ばすのでは、現在の仕組みを維持したまま働く期間を延長しているだけですから、根本解決にはなりません。逆に、会社の中で若い世代が活躍する機会を奪い、経験豊富なベテラン人材が、これまで培ってきた経験を十分に活かすことができないまま、組織にしがみついてしまう状態を生み出します。企業が法律に対応するために、社内のベテラン人材を再雇用する代わりに給料を減らし、閑職のような部署に配属することになっては、どちらも幸せではないでしょう」
新居氏は「 50代、60代の人たちが培ってきた経験や専門性の高い知識、ノウハウ、人脈は、従来とは異なる環境や組織においては、極めて重要な戦力として価値を発揮できる可能性は大いにあります。3000万人と言われるベテラン人材が、そのような機会を見つけ、働きがいを持って働き続けることができれば、日本の未来は明るい。そしてこのような人たちが活き活きと活躍できる機会を創出することで、日本はまだまだ活力を取り戻すことができます。アトラエが提供する『Inow (イノウ)』はまさに、そのような思いから生まれたサービスです」。
「Inow」は、経験豊富なベテラン人材の経験や専門性の高い知識、ノウハウ、人脈と、それを求めるニーズをマッチングさせるサービスだ。
週1日の業務委託や中長期の顧問契約など、働き方には決まりがなく、双方の事情に応じて、望んだ働き方を模索することができる。
例えばベンチャー企業であれば、法務のスペシャリストとして経験を積んだ人に毎日来てもらうほどではないが、週に1度来てもらうだけでも、難易度の高い契約案件などをクリアできるようになるだろう。
親の介護などで郷里に戻った人など、Uターン、Iターンでの地元企業とのマッチングも実現しそうだ。
「さらに『Inow』では、AI技術を活用することで、双方にとって、想像すらできなかった偶発的なマッチングの機会をも創出します」と新居氏は加える。
檜山氏は「さまざまな知識や経験を持ち、社会貢献意識も高い日本のベテラン世代が、中小企業の事業継承、スタートアップの事業展開などを応援し、多様な現役世代の柔軟な働き方を支援していく。この変化が必要である」と話す。
新居氏は「今後、労働人口が減少の一途をたどる日本においては、50代、60代の人たちが培ってきた経験や専門性の高い知識、ノウハウ、人脈を可視化して分析することで、日本全体における最適な人材配置を実現する必要があると思います。何より、経験豊富なベテラン人材にとって、自分のことを本当に必要としてくれている場所で、働きがいを持って働き続けられることこそが、人生100年時代において極めて重要なことであると思います。官でも民でも、誰かがそのような挑戦をしなければ、日本に明るい未来はありません。ならば、他人任せにせず、自分たちの手で実現しようと『Inow』を作り上げました」と、思いを語る。
その言葉どおり、このようなマッチングが広く普及することで、中小企業の採用難の問題が解決できるだけではなく、多くのベテラン人材が年齢を重ねても今まで以上に働きがいを持ち続け社会と共存しながら生きていく、そんな日本をつくることができるのだ。
少子高齢化に伴う暗い未来が、明るい未来へと変わるのだ。
その点でも「Inow」が多くのベテラン人材、企業に活用されることを期待したい。
・東京大学 特任准教授 檜山 敦 氏
東京大学工学部卒、同大学院工学系研究科博士課程修了。超高齢社会をICTで拡張する研究に取り組む。東京大学情報理工学系研究科講師を経て、2021年4月より東京大学先端科学技術研究センター特任准教授
・アトラエ代表取締役 CEO 新居 佳英 氏
1998年に上智大学理工学部を卒業後、草創期のインテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社。入社3年目には関連会社の代表取締役社長に就任。2003年に株式会社アトラエを設立、代表取締役CEOに就任。現在に至る