医療は治療から予防の時代へ。
パーソナルドクターによるサービスを提供する「ウェルネス(Wellness)」の代表取締役社長/医師の中田航太郎さんは、従来の医療に疑問をもって起業を決めたのでした。
先が読めない時代にありながら、新しいビジネスで世の中を前向きに動かそうとしている若き起業家たち。次世代を担う彼らは、どんな過去を経て今に至り、新しい未来を描くのか?
今回は、救急総合診療を専門とした医師として医療現場で活躍しながら、予防医療サービスを提供する「ウェルネス(Wellness)」代表取締役社長の中田航太郎さんにお話を伺いました。
※本稿はLEONによる寄稿を一部編集・抜粋しています。
── 中田さんは医師で起業、といっても開業医になるわけでなく、新たなサービスに挑戦されているわけですが、会社を立ち上げようと思ったきっかけは何ですか。
中田航太郎さん(以下、中田) 僕は4歳の頃、小児喘息で入院した時に出会った医師に憧れて医師を志したのですが、大学5年生の臨床実習での経験が起業へのきっかけになりました。
50歳代の患者さんが不安定狭心症(心筋梗塞の前兆)で運ばれてきて、緊急手術になったんです。医師を含めた10人以上の医療スタッフが関わり、夕方から夜中までオペをして。幸い、その患者さんは助かりましたが、後々話を聞いてみると幼少期にリスクの高い心臓病にかかっていた方で、本当なら定期的な受診をすべきでした。健康診断でも毎年DやE判定が出ていたのに、忙しさを理由に受診しなかったそうです。
── 良くないと思いつつ、悪くなるまで受診を先延ばしにする覚えは自分にもあります……。
中田 そういう方ってたくさんいるんですけど、治療をしないでいると、症状が出る頃には大変悪化しているケースが多くて。倒れてから運ばれる方もいます。そうなると、手術の難度が高まり、患者さんも当然辛いですし、家族にも、そして役職のある方なら社員にもすごく心配をかけることになる。結果的に誰も幸せじゃないなって、シンプルに思ったんです。
ドクターが身近な存在になって、もっと早い段階で健康に関心を持ってもらうために努力した方が救える命は多いはずだと思い、それから予防医学に興味をもちました。まずはひたすら自分で本を買いあさって読み、その後、ビヘイビアヘルスなど海外での予防医学の取り組みも学びました。海外では日々の生活習慣で病気を予防する考えが日本よりも進んでいるんです。
── きっと、アメリカと日本の保険制度の違いも大きいですよね。日本の国民皆保険は素晴らしいですが、あくまで治療目的のためであって、予防医学は浸透しにくいイメージがあります。そこに注目して起業されたのは素晴らしいです。
中田 日本の医療には、構造上の課題があると感じています。欧米ではホームドクターが保険とセットになっていて、どのような症状であっても自分を理解している先生にまず相談ができるんです。一方、日本にはかかりつけ医という呼称はあるものの、具合の悪い時に行く近所の病院を指していることが多いですよね。
もっと身近に、「〇〇歳になったからこの検査を受けましょう」とか、「日頃こんなことに気をつけましょう」とアドバイスをしてくれるような先生をみんなが持てるようになると、健康への関心も湧くし、正しい知識も身について予防できる。それをするべきだなって思ったんです。
── それがウェルネスで提供しているパーソナルドクターですね。サービス内容を教えてもらえますか。
中田 コンセプトは、生涯寄り添っていくドクターです。現在はメンバーシップ制で、定期的に人間ドックや歯科検診を受けて、担当の医師が健康状態を確認しながら適切なアドバイスをお伝えします。また、日々起こる様々な症状や健康に関わる疑問について、365日いつでも気軽に相談をすることもできます。
── もし人間ドックで悪いところが見つかったら、定期的なアドバイスをしてもらえるのでしょうか?
中田 もちろんです。我々のサービスの一番の特徴は、現在のデータから異常を見つけるだけでなく、将来の異常を予防すること。これまで、人間ドックの主な目的は病気の発見だったので、出た結果について医師から2~3分説明されて終了でしたが、ウェルネスでは病気を予防するために、そのデータを最大限活用するんです。
── それはとても有意義ですね。近年、歯科では虫歯がなくても定期的に歯科でメンテナンスすることが浸透してきていますが、身体全体で予防していこうというのですね。
中田 歯科の定期検診に通う理由として、目に見える部分だということが大きいようです。なので、自分の身体の状況を可視化できると、意識も変わるのではないかと思っています。現在は、自分のデータが臓器ごとにわかるようなシステムの開発をしています。クラウド上に情報を整理しておくことで常に自分の健康データにアクセスでき、病気の予防に活かせるのはもちろん、いざ病気になってしまった時もスムーズに治療に活かすこともできるようになります。
── 確かに、状況が目に見えることで予防や治療に取り組むやる気が出てくる気がします。良くなっていくのが見えると単純にうれしいですし。
── 中田さんの事業って日本の医療サービス構造にメスを入れるものだと思うのですが、起業前から世の中を変えたいとか、自分がイノベーションを起こしたいという願望があったのでしょうか。
中田 うーん……自分が目立ちたいという感情はまったくないです(笑)。でも、不合理を感じながら医療の現場にいることが耐えられなかった。そして、誰もが病気になる前に自分の身体に関心をもつこと、「何かあった時にはこの先生に聞けばいい」と安心できることが絶対に必要だと思っていました。それを実現するために何をしたらいいかと考えた答えが、起業だと思ったんです。
── 真っ直ぐですね。きっとこの仕事が好きなんですね。
中田 はい、医療自体は大好きです。
── ここまでに挫折を感じることはありませんでしたか。
中田 挫折はあまりなかったのですが、でも壁はたくさんあります。まず予防医学というものが日本に浸透していないので、最初のユーザーを獲得するまではすごく大変でしたし、どう伝えたら分かってもらえるか、かなり試行錯誤しました。今でも認知の壁とずっと戦っています。ただ、現在ではクライアントの口コミのおかげもあって、徐々に浸透してきているのかなって思っています。
── 今後、実現したいことはありますか。
中田 死ぬ時にみんなが「いい人生だった」と言える世界を作りたいですね。自分自身、身体にも心にも気を遣うし、毎日楽しんでいるか意識しています。今を犠牲にして未来を取ろうとせず、常に毎日を噛みしめていきたい。
大病してしまった時に「やっぱりあの検査を受けておけば良かった」「もっと早く知っていれば」と、特に頑張っている経営者の人たちはよく言うんですよ。それってやっぱり良くない。少なくとも健康に関しては、「〇〇しておけば良かった」と後悔する最期を迎えないようにしてあげたい。
── 忙しさを理由に、我慢してやり過ごしてしまう気持ちはわかります。でも一度きりの人生なんだから、それって良くないですね。ビジネスの展望はいかがですか。
中田 将来的には、ひとりひとりにパーソナルドクターがいる時代を作っていければいいなと思っています。ただ、個人の医師が行なったのでは、その人のスキルや人脈に依存してしまいます。なので、我々でシステムと医師のリソースを整えておいて、どんな医師でも再現性をもって同じサービスをクライアントに提供できるようにしたいです。
── そんな中田さんの座右の銘を聞かせてください。
中田 “常識を疑う”ということは常に心がけています。そういうもんでしょと思わずに、「本当にそうなのかな」「それが世の中のためなのかな」「これは自分にとってベストなのかな」と考える。だからこそ起業したんだと思います。
── 子どもの頃からそうやって考えていたのでしょうか?