性的サービスを提供するマッサージ店は、米国内の至る所に存在する。
そして、こうした店で働く人々の実情をみてみると、そこから浮かび上がるのは、性的人身売買の被害者というよりは、アメリカンドリームをつかむために大きな犠牲を払う移民としての女性たちの姿だ。
※本稿はForbes Japanの編集・遠藤宗生氏による寄稿を編集・抜粋しています。
先月16日、米ジョージア州アトランタ都市圏にあるアジア系マッサージ店3軒で起きた連続銃撃事件では、犠牲者のうち7人が女性で、そのうち6人がアジア系だった。
逮捕された容疑者の男は取り調べに対し、自分は性依存症であり、「誘惑」であるマッサージ店を排除するため犯行に及んだと供述した。
殺害された女性らが性的サービスを提供していた証拠はなく、うち少なくとも2人はマッサージ療法士の資格を取得していた。
アトランタのキーシャ・ランス・ボトムズ市長は、銃撃を受けた3軒のうち市内の2軒について、合法的に営業しており、違法操業を行っているとの情報はなかったと説明している。
実際、米国にあるマッサージ店の大半は合法的に営業している。
だが今回の事件は、アジア系差別に対する抗議の声とともに、セックスワーカーを支持する声を巻き起こし、人種と性別、階級に対する差別の多くが互いに交差しているという事実を浮き彫りにした。
中でも女性、特に有色人種の移民女性は、自分とその家族の暮らしをよくしようと、低賃金かつ危険な職業に就くことが多い。
非営利団体ポラリス・プロジェクトの2018年の調査では、米国の違法マッサージ業界の市場規模は約25億ドル(約2800億円)とされた。
一方、人身売買の専門家キンバリー・メルマンオロスコは、市場規模をこれより大幅に高い45億ドル(約5000億円)と推計。
これは、マッサージサービス業全体(160億ドル)の約4分の1に相当する。
典型的な店では、客は60ドルを支払い、1時間のマッサージを受ける。
そこに追加のサービスとして、50ドルから200ドルを支払う。
性的マッサージは米国文化に深く浸透しており、さまざまな階級の人々が利用している。
2019年2月には、プロフットボールNFLのニューイングランド・ペイトリオッツのオーナー、ロバート・クラフトが、フロリダ州でのマッサージ店摘発により買春容疑で逮捕された。
ポラリス・プロジェクトは2018年の推定で、米国内にはこうした性的マッサージ店が少なくとも9000軒あるとした。
だが、実際の数はこの倍以上であることはほぼ間違いない。
事実、こうしたマッサージ店のレビューサイト「ラブマップス(RubMaps)」には、米国内2万5000軒以上の店が掲載されている。
この業界に関する確固としたデータはないが、専門家や支援団体によれば、「メディアでは性的人身売買の問題が取り上げられることが多いものの、性的マッサージ店は低スキルの移民にとって、低賃金のネイルサロンや飲食店で働くよりも良い暮らしを得る手段となっている」という。
ニューヨークとロサンゼルスの116軒を対象に行われた2019年の調査では、対象となった女性の83%が、性的サービスを強要されたわけではないと答えた。
草の根運動団体「紅鴬歌(Red Canary Song)」は、セックスワーカーを中心としたアジア系移民を支援している。
その中心的メンバーで、自身もニューヨークでセックスワーカーとして働くウーによれば、「マッサージ店員のすべてが性的サービスに従事するわけではなく、従事している人も、多くは生活のために自らこの道を選んでいる」。
名字を伏せた上で取材に応じたウーは、「マッサージ業界で働く人は、生きるため、自分と家族の生活のためにベストを尽くしており、そうした働き方は邪魔されないべきだ」と主張。
さらに、「この業界から救出される必要などない。必要なのは、殺される心配をせずに仕事ができることだ」とも語った。
こうした女性らは、母国に仕送りを送るためや、子どもの学費を稼ぐため、あるいは、密入国の手配により生じた借金を返済するために働いている。
ネイルサロンやウエイトレスの仕事で得られる賃金は月200~2000ドルだが、違法マッサージの仕事では、良いときで1日200ドル、週1000ドルが稼げるという。
人身売買の被害者や、マッサージ店での就労を理由に逮捕された女性たちに無料法務サービスを提供する団体「アンチ・トラフィッキング・イニシアチブ」の幹部エイミー・シェによると、同団体のクライアント1200人以上(多くはアジア系の不法移民だ)のうち、5人に1人は人身売買の被害に遭ったり、何らかの形で仕事を強要されたりしたと話している。
こうしたクライアントの多くは、マッサージの仕事は自分で選んだものだと話すが、移民女性の多くにはほかに選択肢がないとシェは指摘する。
中国人クライアントの多くは、違法マッサージ店での仕事について「メイバンファ」、つまり「しかたがない」ものだったと語るという。
マッサージ店で働くことは、たとえ性的サービスがない仕事でも、危険と隣り合わせだ。
人身売買の専門家メルマンオロスコによれば、マッサージ師の資格を持ち働く女性の大半が、客からハラスメントを受けた経験がある。
さらに、違法マッサージ店で働く女性の非常に多くが、性的暴行の被害に遭っている。
先述のニューヨークとロサンゼルスでの調査では、対象となった女性の40%が職場でレイプ被害に遭ったと答えた。
だが、滞在許可のない移民女性の多くは強制送還を恐れ、警察に通報しない。
こうした状況では移民が弱い立場に置かれることから、セックスワーカーや支援団体の多くは、売買春の非犯罪化を訴えている。
そうなれば、当事者が逮捕や強制送還を恐れることなく、安全に稼ぎを得られるという考え方だ。
ジョージ・ワシントン大学のロナルド・ワイツァー教授(社会学)も、性産業の合法化は問題解決のための最善策だと考えている。
「セックスワークを合法化し規制すれば、当事者全員にとってより安全な仕事となり、人身売買を減らせる可能性がある」とワイツァーは語った。