※本稿はZDNet Japan の寄稿を編集・抜粋しています。
Salesforce.comがかねて進めていたSlack Technologiesの買収手続きが完了した。
その発表リリースを見ると、買収に直接関係のないIBMのトップからのメッセージが記されている。
これはいったいどんな意味や真意が隠されているのか、解説していく。
Salesforceが米国時間2020年12月1日に表明したSlackの買収について、2021年7月21日にその手続きが完了したと発表した。
277億ドル(約3兆円)という買収額にも表れているように、まさしく勢いのある両社のダイナミックな動きが注目を集めている。
Salesforce 会長 兼 CEO(最高経営責任者)のMarc Benioff(マーク・ベニオフ)氏は買収完了の発表に際し、「どこからでも仕事ができる世界を実現する先駆的なデジタルプラットフォームを提供するSlackが、CRM(顧客関係管理)のトッププロバイダーであるSalesforceの一員になることを嬉しく思う。SalesforceとSlackは共にエンタープライズソフトウェアの今後を形成し、お客さまと従業員の成功をどこからでも実現可能とする『デジタル本社』を創造していきたい」とコメントを寄せた。
また、今後も引き続きSlack CEOを務めるStewart Butterfield(スチュワート・バターフィールド)氏も、「私たちはどこでどのように働くかを今一度考え、再構築するという、またとない機会を得ている。SalesforceとSlackは、このデジタルファーストの世界への歴史的な移行を主導していく立場にいる。今後の展開に大いに期待している」とコメントしている。
こうした買収や戦略的提携に関する発表の際は、両社のトップが発信するコメントが、その動きの核心を突いているケースが多い。
今回はBenioff氏もさることながら、Butterfield氏のコメントに今回の動きの大いなるポテンシャルを感じさせられた。
さらに、今回の発表リリースを見ると、もう一人、買収完了に祝辞とも取れるメッセージを送っている人物がいる。
IBM CEOのArvind Krishna(アービンド・クリシュナ)氏だ。
今回の買収を巡る動きについては直接の関係がないIBMのトップがメッセージを送っているのはどんな意味や真意があるのだろうか。
「私たちはお客さまを常に喜ばせ、最高の体験と価値を提供することにこだわっている。SalesforceとSlackが統合し、そのサービスを活用することで、当社はより連携し、より生産的で、より革新的になり、お客さまにより良いサービスを提供することができるようになる」。
上記は、今回の買収完了の発表リリースに記されたIBM CEOのKrishna氏のメッセージである。
そして、これとは別に発表リリースの後半で、SalesforceとSlackが企業や働き方に既に大きな変化をもたらしている事例として次のような紹介がある。
「例えば、IBMの38万人の従業員はSlackを使用して共同作業を行い、SalesforceのSales CloudおよびService Cloudと連携した数多くのワークフローによって、場所や時差を超えたカスタマーサクセスを実現している」。
つまり、IBMとしてトップのメッセージに加えて、「連携したサービスの活用事例を今回の発表リリースに提供している」わけだ。
IBMがここまで今回の買収完了に「肩入れ」しているように見えるが、それはなぜか。
そんな疑問をSalesforceの日本法人セールスフォース・ドットコムの広報に投げかけてみたところ、次のような回答が返ってきた。
「IBMはかねてSalesforceとSlackのサービスを利用していただいている大規模で重要なお客さまであることから、代表的な事例としてのご紹介とともに、Krishna CEOからメッセージもいただく形になった。Salesforceはさまざまな発表において、お客さまの活用事例をご紹介するケースが多々あるので、今回も特別なことだとは考えていない」。
丁寧な公式見解をいただいたが、顧客としての事例紹介はその通りとして、IBMのトップが祝辞とも取れるメッセージを送るのは、SalesforceおよびIBMの両社の思惑が交差しているように取れる。
SalesforceとIBMのビジネスにおける提携関係は、2017年3月に発表した人工知能(AI)技術の連携によるソリューション展開から始まった。
その内容については2017年3月9日掲載の本連載「IBMとセールスフォースの提携にみるITベンダー同士の新たな協業形態」をご覧いただきたい。
また、2018年1月にはAI技術の連携を深化させるとともに、SalesforceがIBMをクラウドサービスプロバイダーとして優先的に選定。
一方で、IBMがSalesforceのサービスをカスタマーエンゲージメントプラットフォームとして優先的に選定することを、それぞれ取り決めた。
こうした経緯からすれば、IBMのトップが今回の買収完了の発表リリースにメッセージを送るのも不思議ではないが、Salesforceは提携内容の違いがそれぞれにあるものの、IBMとさまざまな領域で競合する複数のITベンダーとも戦略的提携を結んでいる。
それでも今回、SalesforceがIBMを特別扱いしたように見えるのは、やはりSalesforceとSlackの顧客として典型的なエンタープライズ企業だからだろう。
では、IBMにとってはどうか。
ユーザーとしてノウハウを蓄積しながら、SalesforceとSlackの組み合わせをコミュニケーションプラットフォームの「推し」と位置付けて積極的にビジネス展開していく考えではないか。
しかもトップがメッセージを送っているところを見ると、すでに大口案件の受注を幾つも獲得しているのかもしれない。
有力ベンダー同士の買収や戦略的提携という動きはメディアで大きなニュースになりがちだが、その発端はユーザーの要望にあるケースが大半だ。
そして、その中でもビジネス規模のポテンシャルが大きい動きが“推し”の対象となるわけだ。
今回の動きを契機に、SalesforceとIBMの関係が今後どう深化していくか。
とりわけ、エンタープライズユーザーの動向を捉える意味でも注目していきたい。